私の中の過去の記憶は何処から始まり、何処へ 流れて行くのだろうか。 人は、100年は生きられない、今、この地に生ある者は全て100年後には、灰となり土になっている。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 骰展(PSY-TEN)2009
![]()
寛展評
伊東寛治(道正道邸にて)2009/4/4
・・どうして、あのような作品の形成、または流れになって行くのか、長い間わからなかったが・・個展(日本半島家族回路)で、実家での作品展を見て、「わかった」。 10年前、千々石の生家を見ると、あなたが作品を通して、何処へ向かおうとしているのか、心を読み取れたように思う。
2010年12月18日
今日の日記
CSで「人間の条件」後編を3時迄TV. 3時からキタムラカメラ・ 4時、I家へ 4時10分:たらみ図書館 5時30分:s野さん・目黒教授講演会900円
88才叔母
1時迄の仕事だったので叔母の家を訪問。
1時間:クリスマスケーキ・ヨーグルト・ 「花江ねーさんの子どもね~」には参った・参った。88歳:そうそう認知症も起きて当然。 一人暮らしのお手本である。 一人で迷惑をかけないで暮らすことはベスト。 「長く生きても、良い事ばかりじゃーなくて・・」と言う叔母に涙(--・><)
肉体のアナーキズム
第17章
女性パフォーマンスたち 挑戦と孤独 P401 ・・・・食い入るとように読む。 1、いない?いない?評価されない? 男性中心主義的価値観に挑戦し・・・。 『はたして、挑戦的な行為だったのだろうか、性差問題を提起しなければならない時代から生まれたもの、それが女性パフォーマンスの最初のあり方だったということが、貴重で、そうせざるをえない、それが、女性の身体表現の一部だったと言い切ってよいだろう』 評価されない? 女性パフォーマンスとして、評価が欲しかっただろうか?身体の慈悲心から迸るものではなかったろうか。 描くということを続けていて、身体から自然と身体表現へと移行しただけだと思う。 身体表現まで辿りつくというのとが、その当時も、今の現代も女性にとって、自然発生でありと思う。たどり着くまでの行為が至難の技・自分自身への問題をなげかけてやまない行為のように思う。 男性パフォーマンスと違うところは、社会に向けたようにしながら、実は自分自身に投げかけた複雑な何重にも重なったものを背負い込み、解決されようが、されまいが、背負わなければならないものへの帳尻合わせのようにような行為に思う。 これは、批評家には全く理解不可能なことが、女性パフォーマンスには「隠された意味」のようなものだろう。 ■読み応えのある本である。 つづく
安吾:安居:ぎゃらりー計画
毒様と計画
先ず:理想論から記しておこう。 ①アトリエではなくぎゃらりーとしてなしえるか! ②現代美術長崎の拠点である。 ③美術とは・・と、考える人でなくてはならな い。 ④美術を食いものにする人ははぶく。 つづく ![]() |
カレンダー
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
曼珠沙華腰巻
HP:
性別:
非公開
職業:
無職
趣味:
JAZZ
自己紹介:
美術活動を40年間しています。・・・が、時々、『こんなことずーーーとしてるけど、お金にもならんし~・タダの暇つぶしに感じてしまいます。けれど、やめられないのは、自由を求めてやまない魂かなァ~』
ブログ内検索
最古記事
|